百万遍数珠

百万遍念仏

 

鎌倉時代末期の元弘元年(1331年)、都では疫病が流行し多数の死者が出ました。後醍醐天皇の勅命を受けた善阿空円上人は7日間にわたって100万回の念仏を唱えて疫病を鎮めたとされています。善阿空円上人が居住した知恩寺は、その時の褒賞として「百万遍」という寺号を授かりました。

ちなみに京都市左京区の京都大学のすぐ近くに百万遍という交差点がありますが、この名前は、交差点の北東にある知恩寺に由来し、地元の人にはこの地域自体を百万遍ということが浸透しています。

百万遍念仏は、本来は1人で念仏を100万回唱えることで目的が成就されるとされていますが、複数の人が同時に念仏を唱えることでも問題ないという考え方もあります。

 

百万遍数珠

 

念仏の際には「百万遍数珠」と呼ばれる大型の数珠をこすり合わせながら行う場合があります。大人数で大型の数珠を取り囲み、念仏を唱えながら数珠を繰り回していきます。

 

この百万遍念仏は、極楽往生と結びついて浸透し、自身の往生や故人の供養だけでなく、地域での鎮魂・豊穣・除災などの目的で行われたりもしています。