お寺の起源は?お寺はもともと僧侶の雨露しのぎの場だった?

現在、日本には約77,000箇寺のお寺があります。これは全国の大手コンビニエンスストアの総数約55,000件(2018年末)を大幅に上回る数であり、お寺がいかに日本に根付いているかを表しています。

 

 

 

ではお寺とはいったいどういうものなのか?と聞かれると、説明する機会があまりなくて困ってしまう人もいるのではないでしょうか。

お寺の説明を言葉にすれば「仏像が祀られていて、僧侶が住む建物があり、修行を行う場所のこと」といったところですが、今回はそんなお寺はいつから何のために建てられるようになったのかについて書きたいと思います。

 

お寺の起源

 

お寺の起源は、お釈迦さまの時代までさかのぼります。お釈迦さまの時代にはお寺という概念はなく、お釈迦さまや弟子たちは一つの場所に定住せずに各地を歩きながら修行を行っていました。しかしインドでは雨季になると生き物が活動的になり、虫などをうっかり踏んで殺してしまうということが起こり、これが「殺生を行わない」という戒律を犯すことになり問題となりました。

 

 

そこで雨季の間は無益な殺生を行わないために、外に出歩かぬよう一時的に定住しました。

このための住居は各地の支援者から寄進されたものであり、そこには居住スペースだけでなく、修行の場も造られました。これがお寺の「僧坊」の原型だといわれており、時代が進むにつれて一時的な住居から定住の場となり修行者の場へと変化していくわけです。

 

お釈迦さまの入滅とストゥーパの建立

 

お釈迦さまが亡くなられると、信者たちは仏舎利(ぶっしゃり:お釈迦さまの遺骨)を八つに分けてストゥーパと呼ばれる仏舎利を安置する塔を建てました。

 

 

このストゥーパと呼ばれる仏塔は、熱心な仏教徒であったアショーカ王によってインド各地に8万4千も建てられ、仏教が一般の人にまで広まるきっかけとなりストゥーパは礼拝対象になっていきました。これが現在のお寺でいう五重塔や多宝塔などの仏塔の原型になったとされています。

 

 

  法隆寺

 

現在のお寺の形式へ

 

仏教が浸透するにつれ、出家者の生活も各地を歩く生活から定住へと変わっていき各地に僧坊が建てられるようになりました。

一方で仏塔が礼拝の対象として広まる以前の初期の出家者は、戒律で仏塔を礼拝することを禁じられていましたが、仏塔信仰が広まるにつれてこれを取り入れる者が現れ始めました。

各地で僧坊と仏塔が組み合わさった建物が建立され、居住場所と礼拝場所を兼ね備えた現在のお寺の原型が出来上がったとされています。

やがてこれが中国、朝鮮半島を経て飛鳥時代に仏教の伝来とともに日本に伝わったわけです。