仏教と蓮の花

お正月のおせち料理で出てくる酢レンコン。シャキシャキとした食感があっておいしいですよね。輪切りにするとたくさん穴が開いていることから「先を見通す」ことに通じ縁起が良いものとされています。

レンコンは蓮の地下茎が肥大したもので、漢字では「蓮根」と書きます。

蓮は昔は「はちす」と呼ばれており、花托の形がハチの巣に似ているからで、それが転訛して「はす」となったとされています。

 

仏教と蓮の花

 

さて、蓮は仏教と深いかかわりがあります。

仏様の台座の花は蓮の花ですがなぜなのでしょう?

 

蓮は泥の中から成長し美しい花を咲かせます。泥水が濃ければ濃いほど大輪の花を咲かせるとされています。

この姿が、煩悩だらけのこの世の中で凛として悟りを開いて生きることをイメージさせ、仏教の考えの象徴とされています。

泥水は人間が生きていく上での苦しみや悲しみ=「煩悩」を表し、花が咲くこと=「悟り」を表していますが、お釈迦様は「いろいろな苦しみや悲しみを経験しなければ悟りを得ることはできない」と教えてくれています。

 

一蓮托生

 

一蓮托生という言葉があります。現在の意味では「結果にかかわらず、行動や運命をともにすること」として使われていますが、もともとは「死後、極楽の同じ蓮華の上に生まれ変わること」で、死んだ後も同じ蓮の花咲くところで再会しようという、夫婦や親友が極楽浄土で再会してまた一緒に暮らそうという願いがあり、非常に救いのある言葉です。

蓮の花が「悟り」の象徴とされているかよくわかりますね。

 

私たちが普段生きていく上で、苦難を乗り越えない限り悟りを開くことはできないとお釈迦様は言っておられます。苦しいこと悲しいことを否定せず、悟りを得るために必要なものとして受け止めると、この経験が心を豊か にし、いつでも幸せを感じる事が出来るようになり、人の悲しみや苦労が理解できる 豊かな心 をもった人になれるのではないでしょうか?